日本人にやさしい街ローテンブルク その1 中世犯罪博物館



ローテンブルク オプ デア タウバー 風景
ローテンブルクの典型的な風景。もし路上駐車がなかったら、現代だなんて信じられないだろう。
ごあんない;
中世犯罪博物館の日本語ウェブサイト
Burggasse 3, 91541 Rothenburg ob der Tauber, Germany
5月~10月末まで無休、10時~18時 (冬季は時間短縮) おとな 3.8 Euro
ローテンブルク 地図
ローテンブルク オプ デア タウバーRothenburg ob der Tauberは、中世そのままの街並みを今も残すことで有名な観光の街だ。
いわゆるロマンチック街道に位置しており、日本人観光客にもとみに人気が高い。よって、市内ではドイツ語・英語表記に加えて日本語もよく目にする。
中世犯罪博物館 地図
中世犯罪博物館 Mittelalterliches Kriminalmuseumは,市の南端に位置する。ローテンブルク駅Hbfからは1kmほど。
中世犯罪博物館 入り口
入り口はこんな感じ。もちろん、日本人だけでなくドイツ人観光客もたくさん来ている。
中世犯罪博物館 ポスター
こちらがポスター。展示内容に反してむやみとメルヘンチックだ。
中世犯罪博物館 パンフレット 日本語
館内でチケットを買うと、係りのひとが「日本人?」と訊いてくるので、
「はい」と答えるとフル日本語パンフレットをくれる。驚くなかれ、ローテンブルクではこれが普通なのだ。
上の画像は館内案内図のみ切り抜いたもの。相当に充実していそうなのがひとめでわかる。心してかからねば、と気を引きしめる。
中世犯罪博物館 展示 中世犯罪博物館 展示
内部に入ると、展示もみごとに三ヶ国語表示。
中世犯罪博物館 展示 中世犯罪博物館 展示
展示室はこんな感じ、圧倒的物量で迫ってくる。
これらがすべて中世ローテンブルク市の法律・犯罪関係資料なのだからすごい。
人気スポットらしく、見学者もとても多い。
中世犯罪博物館 展示 中世犯罪博物館 展示 中世犯罪博物館 展示 中世犯罪博物館 展示
上のような「恥辱のマスク」と呼ばれるものがとにかくたくさんある。
中世のひとたちは現代人とはかなり違った倫理観を持っていたようで、この種の名誉刑をひどく恐れていたらしい。
中世犯罪博物館 展示
「汚名の笛」。へたくそな楽士は、これを首にはめられて街路にさらされた。
娯楽のすくない時代だったから、エンターティナーの質は重要視されたのだろう。
中世犯罪博物館 展示 中世犯罪博物館 展示
もちろん、つねったり叩いたり、という体刑も大はやりだった。
中世犯罪博物館 展示 中世犯罪博物館 展示
親指を締めるための拷問具、マニュアル本と実物のセットで展示。
中世犯罪博物館 展示 中世犯罪博物館 展示
こちらは脚を締めるもの。
中世犯罪博物館 展示 中世犯罪博物館 展示
中世は、きまりごとさえ順守すれば決闘も許されていた。
こちらは、男女で決闘する場合の形式を定めた本。
ガラスの反射で見えにくい部分を補足しておくと、男性が負けた場合は首が、女性が負けた場合には手首だけが切られる、という内容だった。
中世犯罪博物館 展示
刑罰の最終形態といえば、死刑。
死刑執行人が使用した剣、および斧が展示されていた。もちろん、実物だ。
中世犯罪博物館 展示
剣のほうは1729年、リューベックLubeckでMartin Witteという名前の死刑執行人に使われたもの。
Ich shone niemand.「わたしはなにものにも増して輝く」と刻まれている。
当時の死刑は儀礼的意味合いが強かったため、この剣にもみごとな装飾が施されている。
中世犯罪博物館 展示
斧は17~18世紀のもの。刻まれた銘は:「わたしが斧を振り上げたとき、このとがびとに永遠の生命が与えられんことを」
中世犯罪博物館 出口 中世犯罪博物館 パン屋
あまりの充実ぶりに疲労困憊して外に出ると、だめ押しのようにこんなものがぶら下がっていた。
これって、パンの目方をごまかしたパン屋に対する水責め用の檻、だよね?
中世の法律と犯罪を知るための参考文献;

『中世人と権力』アルトホフ
著者はドイツ人。近代国家成立以前の中世という世界で、軍事、国家、法律や刑罰がどのように動いていたのかを明らかにした書。
よくある中世の荒っぽいイメージとは違って、実際には武力衝突を極力回避するためのさまざまな駆け引きが存在していたのだ。

『中世のアウトサイダーたち』イルジーグラー&ラゾッタ
ケルンでの状況を膨大な資料に基づき克明に綴る、ドイツ人著者ふたりによる学術書に近いもの。図版が多い。
本書によると、テレビも映画もない時代には、感動を提供する芸人や楽士などは大もてだったそうだ。
また、どんな刑が課されるかは犯罪の種類によって決まっており、嬰児殺しは溺死刑、追い剥ぎは絞首刑、卑劣な人殺しは車裂き、魔女は焚刑、となっている。処刑の儀式は公衆への教育効果のある威厳に満ちた崇高なものでなければならなかった。
十六世紀の塔牢獄調書というのがまたふるっており、一般的には次のように、調書の一人称という面白い形式ではじめられる:「わたしは塔牢獄調書と呼ばれる。おおぜいの泥棒、悪漢、娼婦、ならず者を知っている」

『中世都市と暴力』ゴンティエ
著者はフランス人。よってフランスの事例が多い。
晒し刑は恥辱もさることながら姿勢の維持も大変だったらしい。また、笞打ちは辱めをあたえるのが目的であり、全裸または半裸で手を前にして杭に縛られる、とのこと。

『拷問と刑罰の中世史』アール&エヴァンズ
おそらく百年ほど前の専門家による著作を、最近になって邦訳したもの。
「……についてはすでに各種図版でご存じてあろうから」とことわって説明用の図版が省略されており、当時としては一般的だったかもしれない各種刑具について視覚的な情報が得られないのがやや難。
当時のヨーロッパ市民たちは現代からみるとちょっと想像を絶するほど嘲笑や愚弄を恐れていた。どの町にも「挑発屋」が存在し、たえず中傷をささやいて論争をあおっていたらしい。
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