数学者ふるさと探訪 その3 アンリ・ポアンカレとドーナツの幾何学

ドーナツプラント DOUGHNUT PLANT
位相幾何学はドーナツ、もといトーラスを研究する数学分野だ。
ごあんない;

モンパルナス墓地公式サイト Cimetiere de Montparnasse

アンリ・ポアンカレ Jules-Henri Poincare, 1854 - 1912。

位相幾何学上の大問題ポアンカレ予想Poincare conjectureの提唱者としてあまりにも有名だ。
この問題は2003年、ロシアのグリゴリー・ペレルマンGrigori Perelmanにより最終的に解決された。
本稿では、ポアンカレが埋葬されているモンパルナス墓地を訪れた記録をご紹介しつつ、
ポアンカレ予想の簡単なおさらいと、手に入りやすい参考文献をご紹介したい。


ポアンカレ予想の証明はクレイ研究所Clay Mathematics Institute によるミレニアム懸賞問題のひとつになっており、解決者には100万ドルが贈られる ことで知名度が高い。
ペレルマンによる証明と、その周辺での出来事はさまざまな媒体で扱われたが、 そもそも、この予想はいったいどんな内容なのか?
モンパルナス墓地
モンパルナス墓地 アンリ・ポアンカレ 墓
ポアンカレの墓は第16区画のいちばん東側だ。某日本語ガイドブックの記述は間違っているので注意が必要。
ポアンカレ 墓ポアンカレ 墓 ポアンカレ 墓
政治家などを輩出した名家ポアンカレ一族の墓は、意外にひっそりとモンパルナス墓地の一隅にたたずんでいた。
さて、ポアンカレ予想だ。名前だけはよく耳にするけど、その正体はなんなのだろう。
1904年にひとつの問いのかたちとして提出された予想の、フランス語原文は以下の通りだ;

Conjecture de Poincare

”Considerons maintenant une variete V a trois dimensions. Est-il possible que le groupe fondamental de V se reduise a la substitution identique, et que pourtant V ne soit pas simplement connexe?”

--Henri Poincare (1904) Cinquieme complement a l'analysis situs, Rendiconti del Circolo matematico di Palermo 18, 45-110.


原文のままだとちょっと表現が古く、わかりにくいので現代英語版を;

”Consider a compact 3-dimensional manifold V without boundary. Is it possible that the fundamental group of V could be trivial, even though V is not homeomorphic to the 3-dimensional sphere?”


自然な日本語にしてみると;

「境界のないコンパクトな三次元多様体 V を考えてみよう。V が球面と同相でないのに、V の基本群が自明になることがありうるんだろうか?」


なるほど、問いそのものはこれでわかった。
でも、やっぱりなんのことやらわかんないや、という方には、まず以下の一般書をおすすめしよう;

『ポアンカレ予想』 ジョージ・G・スピーロ
次々と謎を提示していくミステリ仕立て、小ネタも豊富で読みやすい。
本書では、ポアンカレ予想を次のように表現している;
「ある物体に輪ゴムを巻きつけてみるとして、どのように掛けられた輪ゴムも一点に縮めることのできる三次元物体は、球面に変型できる」
このように、数式を一切使わずにすべての説明を比喩で押し通している。


逆にわかりにくかったなあ、と感じる方には次のものをお勧めしたい;

『ポアンカレ予想を解いた数学者』 ドナル・オシア
著者はアメリカの数学者。構成などはスピーロの本に劣るが、数式を(脚注で、だが)出すことをいとわず、文献、写真、図版も豊富だ。
専門用語を定義を与えずにいきなり使うこと、また巻末の人名・用語辞典があまりにあっさりしすぎていて実用的でないことはちょっとマイナス。
数学とは「意味のある夢を見るための学問」と定義し、ポアンカレ予想を「あり得る宇宙のかたちを求める方法」ととらえているところが独特であり、いかにも本職の数学者らしい。
本書でのポアンカレ予想の表現は「多様体上のあらゆる閉じたループを一点に縮めることのできるすべてのコンパクトな三次元多様体は、三次元球面と位相的に同じ(=同相)だ」である。


さらに知りたくなったかたは、原著論文もあたってみよう;
Notes and commentary on Perelman's Ricci flow papers
ペレルマンの論文とその解説が集められたサイト。ほとんどが無料で読めるが、雑誌など一部は閲覧できない。


ちなみに、この予想に関して、ポアンカレ自身は以下のようなコメントをつけている;
”Mais cette question nous entrainerait trop loin.”
「でも、この問いはわれわれをとても遠いところへ連れて行ってしまうだろう」
彼の予言どおり、解決までにはなんと百年かかったわけだ。まさにtrop loin、である。
もっとも、フェルマーの最終定理にかけられた時間=約四百年に比べたらたいしたことはない、かな。
関連記事;

博物館の役割を考える:「キャビネット博物館」って、何? ――パリ国立自然史博物館

フランス・ミュゼめぐり その1 進化大陳列館Grande Galerie de l’Evolution

フランス・ミュゼめぐり その2 ルーヴルうらみち案内Musee du Louvre

フランス・ミュゼめぐり その3 中世博物館 Musee National du Moyen Age

数学者ふるさと探訪:エヴァリスト・ガロア Evariste Galois, 1811-1832 (増補改訂版)

数学者ふるさと探訪 その2 学都ゲッチンゲンでガウスさまの足跡を追え!

このひとだあれ――著名人の業績を各分野研究者に訊いてみる
home

コラムのトップへ

Copyright (C) White Rabbit Corporation. All rights reserved.